大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2593号 判決 1982年2月25日

原告

川井一郎

右訴訟代理人

福井富男

神崎直樹

被告

フォード自動車(日本)株式会社

右代表者

ケイ・エフ・スミス

右訴訟代理人

西迪雄

川上弘

乗杉純

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告との間に雇用契約関係が存在し、原告が被告の人事本部長としての地位を有することを確認する。

2  被告は原告に対し金五三三四万四一〇〇円及びこれに対する昭和五六年三月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告に対し昭和五六年四月一日以降毎月二五日限り一か月金九五万七〇〇〇円並びに毎年六月末日限り金一六八万二〇〇〇円及び一二月末日限り金二五二万三〇〇〇円を各支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第二、三項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告フォード自動車(日本)株式会社(以下「被告会社」という。)は、完成自動車の輸入、改造及び卸売販売並びに自動車部品の輸入、買付及び卸売販売を業とする株式会社で、資本金二億五〇〇〇万円(発行済)、従業員約二八〇名を擁し、東京都に本社を、横浜市に工場及びパーッ(部品)・センターを有している。

2  原告は、昭和五一年九月一三日、契約の始期を同年一〇月一五日、試用期間九〇日の約束で被告会社の人事本部長として雇用され(以下「本件契約ないし本件雇用」という。)、同五二年一月一四日の試用期間満了とともにいわゆる終身雇用の従業員(パーマネント・エンプロイー)となつた。

3  しかるに、被告会社は、原告を解雇したとして同年九月一日以降原告を被告会社の人事本部長として取扱わず、賃金の支払もしない。

4  原告の被告会社に対して有する昭和五六年三月末日現在における未払賃金・賞与の額は、以下のとおりである。

(一) 昭和五二年六月ないし同年八月昇給差額分 三二万六〇〇〇円

(二) 同年九月ないし同五三年五月分 九五三万八二〇〇円

(賃金七三八万〇九〇〇円、冬賞与二一五万七三〇〇円)

(三) 同五三年六月ないし同五四年五月分 一四三二万八〇〇〇円

(賃金一〇四八万八〇〇〇円、夏・冬賞与三八四万円)

(四) 同五四年六月ないし同五五年五月分 一五一六万九四〇〇円

(賃金一〇九八万六〇〇〇円、夏・冬賞与四一八万三四〇〇円)

(五) 同五五年六月ないし同五六年三月分 一三九八万二五〇〇円

(賃金九五七万円、夏・冬賞与四四一万二五〇〇円)

以上、(一)ないし(五)の合計五三三四万四一〇〇円である。

5  原告の被告会社に対して有する昭和五六年四月一日以降の月額賃金(支払日毎月二五日)並びに夏期(支払日毎年六月末日)及び冬期(支払日毎年一二月末日)の各賞与の額は、以下のとおりである。

(一) 月額賃金九五万七〇〇〇円(月額基本給八四万一〇〇〇円、月額諸手当一一万六〇〇〇円)

(二) 夏賞与 一六八万二〇〇〇円(月額基本給の二か月分)

(三) 冬賞与 二五二万三〇〇〇円(月額基本給の三か月分)

6  よつて、原告は被告に対し、被告の人事本部長としての雇用契約関係の存在確認を求めるとともに、昭和五二年六月から同五六年三月までの未払賃金・賞与の合計である金五三三四万四一〇〇円及びこれに対する履行期後の同五六年三月二六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金並びに請求の趣旨3記載の月額賃金・賞与の各支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告が終身雇用の従業員になつたことは否認し、その余の事実は認める。

被告会社の制度上、「パーマネント・エンプロイー」に対応するのは試用中の従業員であり、「パーマネント・エンプロイー」とは正式に雇用された従業員のことである。

3  同3の事実は認める。

4  同4は争う。ただし、原告が被告会社の従業員であるとすれば支払を受けるべきである月額賃金・賞与の金額については認める。

5  同5は争う。ただし、原告が被告会社の従業員であるとすれば支払を請求できる月額賃金・賞与の金額については認める。

三  被告の主張(解雇理由)

1  被告会社は、原告に対し、昭和五二年七月二八日付でそのころ原告に到達した書面で、原告に就業規則三二条一項(ト)「業務の履行又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当と認められる場合」及び同条項(リ)「雇用を終結しなければならないやむを得ない業務上の事情がある場合」に該当する事由があることを理由に、同年八月末日をもつて解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

2  解雇の具体的理由は次のとおりである。

原告の業務の実績は、以下に述べるとおり、被告会社の組織上社長に次ぐ最上級管理職四名のうちの一名である人事本部長の地位にあるものとしては積極性を欠き、能率が極めて悪い等、被告会社において同人を右の地位において引き続き勤務せしめることが不適当と認められ、その結果、このまま雇用を継続することができない業務上の事情が存在するのであるから、就業規則三二条一項(ト)(以下「規則(ト)」という。)及び(リ)(以下「規則(リ)」という。)に該当する。

(一) 原告は、一般の従業員の雇用とは異なり、「人事本部長」という職務上の地位を特定して、特段の能力の存在を期待されて、被告会社に中途採用されたものである。

(二) 原告の学歴及び経験に照らし、原告は、米国系会社の人事管理において、特に能力評価が重要な意味を持つことを十分に承知して入社したものである。

(三) 原告は、同人に課せられた事務の処理を過度に部下に委ねすぎる。すなわち、被告会社の規模を考えれば上級管理職として積極的に各種連絡文書の作成等常務の処理に自ら積極的にあたる必要があるのに、それを怠つた。

(四) 人事本部長としては、従業員、工員等との間に良好な人間関係を成立させるように努力しなければならないのに、その努力を怠つた。

(五) 必要のない人間に不必要なことを知らしめないよう注意する必要があるのに、その注意を怠つた。

(六) 原告の前任の人事本部長であり、かつ、原告の指導担当者であつたエイ・エム・リンゼイ(以下「リンゼイ」という。)は、昭和五二年一月五日付の原告に対する勤務評定に基づき、原告と十分に話し合い、この時は欠点を指摘し注意するというよりも、積極的な勧告を与え指導するという形で原告の執務態度の改善を要望したが、このような状態は、その後の試用期間中依然として改められなかつた。

(七) 原告はその能力を人事の分野に集中せず、むしろ広報とか経営企画の分野に関心を持つているのではないかと思われたし、また、仕事の重要性、優先度を健全に判断する能力を欠くのではないかとの疑問をいだかせた。

(八) リンゼイは、昭和五二年一月一八日、原告と長時間話し合い、その時は率直に欠点を欠点としてすべて指摘し、今後特に(イ)人事の分野に注意・努力を集中すべきこと、(ロ)課せられた事務は自ら処理して能力を実証すべきこと、(ハ)連絡文書は自ら起案作成すべきことを要望した。

(九) リンゼイは、同月二五日ころ、当時自ら実施し始めていた給与職の職務についての調査が、原告が被告会社の人事本部長としての職務に適応する訓練及びその能力の有無を観察する目的に適すると考え、調査を要する七一の職のうち自らすでに施行した一六の職を除きその余の五五の職について担当者との面接、調査、これに基づいた最終的分析、要約及び勧告を含めたリポート作成の作業(この一連の仕事を、以下「ジョブ・オーディット」という。)を行うように指示したが、原告は五つの職について担当者との面接を済ませただけで、昭和五二年二月六日、研修のためオーストラリアへ出発した。

(一〇) 原告は、オーストラリアにあるフォード・アジア太平洋地域本部(以下、「ファスパック」という。)における研修期間中、「上級管理職の研修について」というような題目や、「社員食堂の設備・運営」といつた限られた主題には興味を持つたように見うけられたが、主要な部分である人事本部の常務に属する事項には全く関心を示さず、研修の成果はあまりなかつたものと考えられた。人事本部長という上級管理職を対象とする研修であるから、一定の日程及び教材に従つて機械的に進行できるわけのものではなく、研修者が疑問等を提出し、あるいは自己の職務範囲中の問題点について助言を求める等積極的に関心を示し、講師と協同して作業することにより研修の成果を挙げることが期待されていたのである。

(一一) 原告は、右研修を終えて同月二四日オーストラリアを出発し帰国したが、被告会社はなお原告の努力向上の希望を捨てず、当時ファスパックにいたリンゼイは、原告が帰国するに際し、帰国後は積極的に自ら直接に事務を処理するように激励し、前述のジョブ・オーディットを継続促進するよう指示した。

(一二) 原告は、同年三月初旬から単独で人事本部長としての執務を開始した。なお、その後被告会社においては人員縮小計画が実施されたが、被告会社は新任の人事本部長の将来の執務に支障が生じないよう配慮し、同人の関与は限られた最小限のものであつた。そして、その後同年四月上旬ころまでの勤務状態についてみると、被告会社が従来繰り返し注意し改善を要望してきた問題点、すなわち(イ)事務処理をほとんど部下に委譲してしまう、(ロ)従業員・工員との良好な人間関係の形成に努めない、(ハ)文書の起案・作成に自らあたらない等は、依然として改善されないばかりか、改善の努力も見られなかつた。

特にジョブ・ナーディットについては、同年三月にラムゼイ社長からその進行状況等の問い合わせを受けた際、メモで翌四月二五日までに完了すると答え、さらに四月一日に同社長が進行状況の報告を求めたのに対し、理由を示さず一か月ないし二か月完了時期が延びると回答したにとどまつた。実際には、人事本部長を解任する旨の告知があつた同月二〇日までに原告が行つたジョブ・オーディットは、オーストラリアでの研修へ出発する前に行つた五人に対する面接だけで他に何もしておらず、要するに指示された事務の処理を怠り、社長に対し不誠意、不正確な報告をしていた。

(一三) 原告は、旧勤務先の日本IBM社の規則や事務処理方法を引き合いに出して、所要の指示承認を求めずに人員を異動したり、被告会社の規則、事務処理方式を身につけようとせず、ないしは無視する傾向があり、独断的な行動が多かつた。例えば、原告は、同年四月、被告会社の規則を無視し、被告会社を統括する立場にあるファスパックの承認を得ずに月給制社員であつた五人の守衛を生産部及び工務部の現業社員に配置換えし、後日部下の忠告により承諾を得ようとしたが、結局認められなかつた。このような措置は、被告会社が総力を挙げて成功させた人員削減計画の終了直後に行われたということにおいて、特に重大である。すなわちこの配置転換は、苦労して削減した現業部の人員をまた増加させることにほかならない。そして、この重大な規則違反をみるに至つて、被告会社は原告を人事本部長から解任することもやむを得ないと考えるに至つた。

そしてまた、原告のこのような行動は、他の上級管理職との間の人間関係を不円滑にし、摩擦を生ずるようになつた。

(一四) このように、原告は、被告会社の要求する適格要件を知りながら(執務開始後については、直接、警告等を与えた。)、採用後数か月を経てもなお被告会社の人事本部長に適応するに至らなかつた。このことは、同人がその能力を欠くか又はその高学歴や前歴等が災いして被告会社の要請を充足しようとする意思を有しないかを示すものといわざるを得ず、いずれにしても規則(ト)にいう「業務の履行又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当と認められる場合」に該当し、その結果、規則(リ)にいう「雇用を終結しなければならないやむを得ない業務上の事情がある場合」にも該当する。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1の事実は認める。

2  同2冒頭の事実中、人事本部長職が被告会社の組織上社長に次ぐ最上級管理職四つのうちの一つであることは認め、その余は争う。

(一) 同2(一)の事実中、原告が人事本部長として被告会社に中途採用されたものであることは認め、一般の従業員の雇用とは異なるとの点は否認する。

原告の採用後の職務については、人事関係の業務のほか、広報及び工場の購買関係の業務も担当させる可能性があること、被告会社が将来日本の自動車会社を買収する計画が実現した際には、原告はその買収した会社の人事本部長をも兼ねること、さらに原告の努力如何によつてはファスパックの人事本部長になる可能性もある等と告げられている。

(二) 同2(二)の事実中、原告が米国において教育を受けていること、米国系会社において人事管理の経験を有していることは認める。

(三) 同2(三)の事実は否認する。

(四) 同2(四)の事実は否認する。<以下、事実省略>

理由

一1  請求の原因1、3の事実及び原告が昭和五一年九月一三日、契約の始期を同年一〇月一五日、試用期間九〇日の約束で、被告会社の人事本部長として雇用されたこと、同五二年一月一四日に試用期間を満了したこと、原告が被告会社の従業員であるとすれば支払を受けるべき未払賃金・賞与及び同じく同五六年四月一日以降支払を受けるべき月額賃金・賞与の各金額が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  原告は昭和五二年一月一五日以降被告会社の終身雇用の従業員であると主張するので、この点につき検討する。

<証拠>によれば、原告が被告会社に入社した当時、被告会社の定年が満五五歳であつたこと、原告が試用期間を満了した後は、同人は被告会社の「パーマネント・エンプロイー」となつたこと、被告会社においては、パーマネント・エンプロイーとは試用期間経過後の本採用たる地位、すなわち期間の定めのない雇用を意味するものであり、何らかの理由によつて解雇されないかぎりいわゆる終身雇用の慣行に従って雇用される地位であることが認められ、右事実によれば、パーマネントとは永久という意味ではなく、被告会社の就業規則に定める雇用の終結事由に該当しないかぎり被告会社から排除されないという地位を意味するものと解するのが相当であり、右の認定、判断を左右するに足りる証拠はない。

二被告会社は、原告の業務の実績は、同社の組織上社長に次ぐ最上級管理職四名のうちの一名である人事本部長の地位にあるものとしては積極性を欠き、能率が極めて悪い等、同社において同人を右の地位において引き続き勤務せしめることが不適当と認められ、その結果、このまま雇用を継続することができない業務上の事情が存在するのであるから、規則(ト)及び(リ)により原告を解雇した旨主張するので、検討することとする。

1  被告会社が原告に対し、本件解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、まず本件雇用が、被告会社主張のような人事本部長という地位を特定した契約であるか否かを検討する。

原告は、本訴においては、請求の趣旨記載のとおり、単に雇用契約関係存在の確認を求めるのではなく、被告会社の人事本部長としての地位を有することの確認を求めていることからすると、その前提として本件契約は人事本部長という地位を特定した契約であることを自ら認めているものと解することができるばかりでなく、原告は、被告会社の一般の従業員として入社した後昇進して人事本部長になつたのではなく、人事本部長として中途採用されたものであることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、被告会社は原告の前任者であつたエイ・エム・リンゼイの後任として、日本人の人事本部長の適任者を捜していたこと、国際経営顧問協会(以下「イムカ」という。)は、昭和五一年四月、被告会社に対し、人事本部長の候補者として原告の履歴書を送付してきたこと、原告は被告会社に採用される前は外資系(米国)の会社である日本IBMに約一六年間在籍し、その間同社の労務課長、人事部長、人事担当マネジャー、副社長補佐、社長補佐、GBG人事担当マネジャー等ほぼ一貫して人事の仕事をしてきたものであること、被告会社としては、原告を人事本部長として採用するにあたり、原告が米国で教育を受けたという学歴及び右職歴に注目したこと、そして、被告会社は、同年九月六日付で原告に対し、月額報酬七五万三七〇〇円、試用期間経過後は同社から自動車を貸与する等の待遇で人事本部長として被告会社に入社するように申し出したこと、原告は右申し出を受けて被告会社に対し、同月一三日付書簡で、同社申し出の条件で受諾する旨通知したこと、原告が日本IBMを辞めて被告会社に入社した理由の一つは、仕事が人事の仕事で、しかも人事本部長という地位で採用されることにあつたこと、もし提供される職位が人事本部長ではなく一般の人事課員であつたならば、原告は被告会社に入社する意思はなかつたこと、被告会社としても原告を人事本部長以外の地位・職務では採用する意思がなかつたこと等が認められ、以上の事実を総合すれば、本件契約は、人事本部長という地位を特定した雇用契約であると解するのが相当である。

原告は、入社前の面接において、(イ)採用後の職務については、人事関係の業務のほか、広報及び工場の購買関係の業務をも担当させる可能性があること、(ロ)被告会社が将来日本の自動車会社を買収する計画が実現した際には、原告はその買収した会社の人事本部長をも兼ねること、さらに(ハ)原告の努力如何によつてはファスパックの人事本部長になる可能性もある等と告げられていることから、本件契約は人事本部長という地位を特定した雇用契約ではない旨主張する。

しかしながら、被告会社が原告に対し、採用後の職務について原告主張のような事実を告知したかどうかはさておき、仮に右事実を告知したとしても、右事実は本件契約が人事本部長という地位を特定した契約であることを妨げるものではないと解すべきである。なぜなら、前記(イ)は人事本部長として人事関係の業務が中心であつて、将来被告会社の都合及び原告の能力に応じて人事の業務に加えてその他の職務の拡大の可能性があるというにすぎず、結局、本件契約の職務の中心は人事関係にあることになり、また(ロ)及び(ハ)は、いずれも仕事の内容自体は人事関係の仕事であり、しかも原告が被告会社の人事本部長として能力を十二分に発揮すれば、被告会社の発展に伴つて、原告自身の地位も同社の人事本部長よりもさらに昇進する可能性があるということを示されているにすぎず、結局、これらは人事本部長の仕事とほぼ同一の仕事をするけれどもその権限が拡大するあるいは昇進する可能性を示されているにとどまり、以上のような事情は、本件契約を人事本部長という地位を特定した契約であると解する妨げとはならないからである。

そして、他に右認定、判断を左右するに足りる証拠はない。

3  次いで、原告が被告会社の人事本部長として規則(ト)の「業務又は能率が極めて悪」かつたのかどうかを検討する。

(一)  被告の主張2の事実中、人事本部長という地位は、被告会社の組織上社長に次ぐ最上級管理職四名のうちの一名にあたるものであること、リンゼイは、昭和五二年一月一八日、原告に対し、(イ)人事の分野に注意・努力を集中すべきこと、(ロ)課せられた事務は自ら処理して能力を実証すべきこと、(ハ)連絡文書は自ら起案・作成すべきことを要望したこと、同じくリンゼイは、同月二五日ころ、原告に対し、五五の給与職について担当者との面接、調査、これに基づいた最終的分析、要約及び勧告を含めたリポート作成の作業を行うように指示したが、原告が人事本部長としての職務から離れた同年四月二〇日までに行つたジョブ・オーディットは、五名の者に面接しただけであること、原告が同年二月六日から同月二四日までファスパックで行われた研修に参加し、右研修を終えて帰国する際、リンゼイと会つていること、同年三月、ラムゼイ社長からジョブ・オーディットの進行状況等の問い合わせを受けた際、原告はメモで翌四月二五日までに完了すると答えたこと、さらに、同社長が同月一日に進行状況の報告を求めたのに対し、原告は一か月ないし二か月完了時期が延びると回答したこと、原告が人員整理終了後、ファスパックの承認を得ずに月給制社員であつた五人の守衛を生産部及び工務部の現業職員に配置換えし、結局ファスパックの承認が得られなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

右各争いのない事実及び前記二2で認定した事実と、<証拠>を総合すれば、原告が人事本部長として就労して以来の勤務状況及び昭和五二年四月二〇日に人事本部長の解任を通告されるに至る経緯について、次のような事実が認められる。

(1) 原告は昭和五一年一〇月一五日から被告会社で馬前任者であるリンゼイの指導・監督の下で人事本部長として執務を始めたが、リンゼイは原告に対し初めは何も担当させず、全時間を被告会社の政策・やり方等に関する文書を読んで理解するように、また、横浜の子安工場における仕事の性質及び被告会社の組織機構を理解するようにさせていた。

(2) 同年一〇月一八日から一二月中旬まで、子安の工場が閉鎖されていることも事実であるが、原告は工場の構内に足を運ぶことなく、一般の従業員との間に友好的な人間関係を形成することに努めなかつた。

(3) 同五一年中はファスパックあての文書を起案する機会自体も少なかつたが、原告はファスパックあて、社内連絡等の文書の起案、作成、テレックス打ちを自ら行うのではなく、人事部門の部下に命じてそれをさせることが多かつた。

(4) リンゼイは、同五二年一月五日付で採用後六〇日までの原告の第一回勤務評定を行つたが、同月五日ころこの勤務評定に基づき、原告に対し、人事部門に原告の関心を集中して欲しい、文書の起案は人事部門の部下に任せるのではなく、自分自身で行つて欲しい旨の指導・勧告を与えた。

(5) しかし、右の勧告後も原告の執務態度に変化が見られなかつたので、リンゼイは、同月一八日、原告に対し、人事の分野に注意・努力を集中すべきこと、課せられた事務は自ら処理して能力を実証すべきこと、連絡文書は自ら起案作成すべきこと等を重ねて厳しく指摘した。

(6) リンゼイは、同月二五日付で原告に対する第二回目の勤務評定を行つたが、原告の執務状況はリンゼイを安心させるものではなく、原告は人事本部長の職務及びそれに関連する被告会社の方針・手続等を理解できていないのではないかという不安をいだいていた。

(7) リンゼイは、同月二五日ころ、原告に対し、人事本部長としての職務に適応する訓練並びに従業員及びその職務について認識を深め、組織の再編成の役に立つと考え、五五の給与職(事務職)についてジョブ・オーディットを行うように命じた。これに対し、原告はそのジョブ・オーディットの目的を、原告の訓練のためというよりは、主として人員整理のため各部署の余剰人員を見い出すことにあると理解していた。

(8) 同年二月六日から同月二四日までの間、原告はオーストラリアにあるファスパックにおいて、人事本部長としての執務に慣熟するために研修を受けたが、人事本部の常務に関する事柄には関心を示さず、研修の成果はあまりあがらなかつたとの評価を受けた。

(9) 同月二四日、原告は帰国するに際し、当時ファスパックにいたリンゼイと会つたが、同人は原告に対し、帰国後は自ら仕事をするようにして、他人に仕事を任せるというやり方を改めるように、また、ジョブ・オーディットを続けて行うようにと激励した。

(10) 同年三月、ラムゼイ社長は原告に対し、ジョブ・オーディットの進行状況を尋ねたが、原告は同月三一日までに面談を大部分完了し、翌四月二五日までに全調査を完了する旨報告した。しかし、同年四月一日に再度同社長からの問い合わせに対し、原告はこの仕裏の完成を組織の再編成又は体制整備の後一か月から二か月先に延ばすと報告した。そして、原告が人事本部長を解任する旨告知された同月二〇日までに原告が行つたジョブ・オーディットは、オーストラリアにおける研修のため出発する前に行つた、五つの職の者との面談をすませたことだけだつた。

(11) 被告会社は、同年三月一五日から工場部門の人員整理を始めたが、その目標人数が六〇人でラーセン工場長の考えていた数を三〇人上回つていたため、同工場長は希望退職に応じた者も即日退職させるのではなく同月三一日まで雇用するように主張し、原告は右要求に応じた。退職が決まつた者の退職までの勤務状況は悪く、フォアマン(職工長)や退職勧告を受けていない一部の工員からは退職が決定した工員を早く退職させるべきだとの声があがつたほどであり、この間完成車の車体に意識的に行つたとみられる引つかき傷が何台かに出た。

(12) 原告は、同年四月になつて、工員の人員整理を適正人数よりも多く行つた(同月四日現在で、退職者数五五名、退職予定者数六名、合計六一名)と判断したので、ラムゼイ社長の同意を得て月給制の職員であるガードマン(守衛)五名を工場部門に配置換えした。右の配置換えは、財政上の理由からファスパックの事前の承認を必要とするものであつたが、原告は平尾労務部長、古川人事部長の助言に従うことなく、ファスパックの承認を得る前に異動を完了してしまつた。右配置換えは、結局同月一五日付で不承認となつた。

(13) 原告の人事本部長としての能力に疑問をいだき続けていた被告会社は、前記(12)の執務規則違反をみるに至つて原告の人事本部長からの解任を決定し、リンゼイをして、同月二〇日、原告に対し人事本部長を解任する旨告知させた。

以上の認定に反する原告本人の供述部分は前掲各証拠と対比するとたやすく信用できず、他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 次に、前二2において認定のとおり被告会社は、原告を一般の従業員の雇用とは異なり、被告会社では社長に次ぐ四名の最上級管理職の一名にあたる人事本部長という職務上の地位を特定して、原告の過去における教育及び経験に照らし、特段の能力の存在を期待して中途採用したものであること、さらに、被告会社における執務方法については、前記(一)で認定したとおり、原告において人事本部長としての職務に十分習熟する機会を与えられていたことに加えて、<証拠>によれば、被告会社においては、いわゆる日本の会社に比べ執務の手続を複雑に定め、その方式は完全にアメリカ・フォード社の規則を被告会社に適用していることが認められ、右の認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  以上のような事実を総合して考慮すると、人事本部長という職務上の地位を特定した雇用契約であつて、原告に特段の能力の存在を期待して中途採用したという本件契約の特殊性に鑑み、前記(一)の原告の執務状況を検討すると、特に(イ)機会あるごとに、自己に課せられた仕事を部下に委譲する形ではなく、自ら仕事を担当する(ディレクターという形ではなく、被告会社のいうワーキング・マネジャーとして)という方法で執務することを期待されていたにもかかわらず、執務開始後約六か月になつてもそれが改善されなかつたこと、(ロ)ジョブ・ナーディットの目的の一つが、人員整理の際の余剰人員を見つけることにあることを認識しながら、人員整理の完了した後である昭和五二年四月二〇日までに、五五の職のうち五人に面接したのみで、原告に要求されていた職務を著しく怠つていたこと、とりわけ、同年三月にラムゼイ社長に対し同月末日までに面接を完了する予定であると報告しながら、全くそれを行わなかつたこと、(ハ)被告会社の執務方法に習熟する機会を与えられながら、かつ、被告会社においては社長の決裁だけでなくファスパックの承認が必要である事項が留保されていることを認識し、さらに、部下の助言を無視して規則違反を行つた等の原告の執務態度は、被告会社の期待した人事本部長としては規則(ト)にいう「業務の履行又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当と認められる場合」に該当し、ひいては、規則(リ)にいう「雇用を終結しなければならないやむを得ない業務上の事情がある場合」にも該当する、と解するのが相当である。

原告は、規則(ト)うの「従業員の業務の履行又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当と認められる場合」を適用して原告を解雇するためには、同人の業務の履行又は能率が極端に不良で、これを矯正したり他に配置換えをする等の余地がなく、被告会社から排除する以外に方法がない場合でなければならない旨主張するが、本件契約が前記二2において認定のとおり人事本部長という地位を特定した雇用契約であるところからすると、被告会社としては原告を他の職種及び人事の分野においても人事本部長より下位の職位に配置換えしなければならないものではなく、また、業務の履行又は能率が極めて悪いといえるか否かの判断も、およそ「一般の従業員として」業務の履行又は能率が極めて悪いか否かまでを判断するものではなく、人事本部長という地位に要求された業務の履行又は能率がどうかという基準で規則(ト)に該当するか否かを検討すれば足りるものというべきである。

さらに、原告は、規則(リ)の「雇用を終結しなければならないやむを得ない業務上の事情がある場合」とは、被告会社に存する業務上の事由例えば経営困難による人員削減、組織変更による部門又は役職の廃止により従業員を解雇する場合等を指すものと解すべきであり、被告会社についてはそのような事由は生じていないと主張するが、既に右認定のとおり規則(ト)に該当する以上これのみに基づいて原告を解雇することができるものであるばかりではなく、規則(リ)の事由の中には、原告主張のような事由も含まれると解せられるものの、右のように本件契約が人事本部長という地位を特定した契約であり、かつ、原告が人事本部長として規則(ト)に該当すると認められる以上、このような場合等も規則(リ)に定める事由に該当すると解するのが相当である。

(四)  原告は、人員整理において多大の功績を挙げた旨主張するが、証人平尾洋一の証言によれば、工員を成績順に分類する方法は必ずしも原告個人の発想とはいえないことが認められ(この認定を左右するに足りる証拠はない。)、また、人員整理の戦略に参加することは、人事部門の最高責任者である人事本部長としては当然の義務であるということができ、さらに、原告本人尋問の結果によれば、ある意味では最も困難でかつ重要であると思われる工員個人との希望退職に関する面接・説得を原告は全く行つておらず、専ら平尾労務部長が担当したことが認められる。また、ラーセン工場長を納得させるために行つた退職日の延期は、完成車に対する損傷の発生という形で現われ、同工場長を納得させる方法としては、必ずしも適当なものと評価されるものではなかつた。

次に、原告が人員整理以外の業績として掲げた事実を検討すると、証人平尾洋一の証言によれば、まず鶴見の土地の利用法については、必ずしも原告本人の発想によるものではなく、集団討議の中で出されたものであることが認められ、また、ジャパン・プロフィールと称する資料の作成にあたつても、すべて原告本人が作成したというものではなく、平尾労務部長ら人事部門の職員が援助して作成されたものであることが認められ、右の認定を左右するに足りる証拠はなく、また、フロントエンジン・フロントドライブ車に関する調査については、原告本人尋問の結果によれば、被告会社においては原告だけが担当したことが認められるが、それが人事本部長としての功績と呼べるかは疑問である。

このような事実からすると、人員整理に関して与えられたラムゼイ社長の称賛の言葉は、原告個人に対してというよりはむしろ人事本部全員に与えられたものと評価すべきものであり、また、人員整理以外の業績についても、原告個人の、しかも人事本部長としての業績と呼べるかは疑問であり、いずれにしても、原告の前記(一)ないし(三)において認定判断した原告の執務態度の不足を補うに足るものではないと解するのが相当である。

三次に、原告は、同人が規則(ト)及び(リ)に該当するとしても、同人が被告会社に雇用される以前から解雇されるまでの経緯に鑑み、本件解雇は権利の濫用である旨主張するので、その当否を検討する。

1  被告会社が原告を採用するに際し、原告の入社受諾までに、被告会社が人員過剰の状態にあることを原告に告知していなかつたことは当事者間に争いがないが、たとえ右事実を原告に告げていなかつたとしても、原告としても、もともと入社しようとしている被告会社の状態を調査することは当然なすべきであり、また、人員整理という極めて重要かつ微妙な問題を入社するか否か未定の者に告知しなければならないということはできない。

2  次に、被告会社が原告を試用期間中(昭和五一年一〇月一五日から同五二年一月一四日まで)に解雇しなかつた理由は、<証拠>によれば、試用期間中に被告会社が原告の人事本部長としての能力を判定することを怠つたというよりは、むしろ原告の立場を考慮し、その能力を実証する機会を与えたためであることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はなく、前記3(一)ないし(三)において認定判断したように規則(ト)及び(リ)に該当する事由が認められる以上、試用期間中に解雇しなかつたことをもつて権利の濫用となる余地はないというべきである。

3 さらに、被告会社が原告に対し、しぼしば警告を与え、矯正の機会を与えていたことは、前記二3(一)において認定したとおりである。

4  加えて、<証拠>を総合すると、被告会社は、昭和五二年四月二〇日、原告に対し、人事本部長から解任する旨告知するとともに、原告の再就職にも配慮し、日本IBMへの復職を実現するために米国のIBM本社に推薦状を出したり、重役斡旋会社からの照会に対し、原告に有利な回答等を行つたこと、同年五月九日、原告は被告会社の代理人であるリンゼイに対し、同年六月末まで在籍したい、人事本部長解任発令後は出社しなくてもよいようにしてもらいたい、原告に貸与されている社用車を有利な価格で譲渡して欲しい旨申し入れ、被告会社は右申し出に同意したことが認められ、このような事実からすると円満退職の方向に動いていた事実が認められること、しかし、円満退職で解決しなかつたため、最終的に同年七月二八日付書面で、同年八月末日限り解雇する旨の意思表示をしたことが認められ、右の認定を左右するに足りる証拠はない。

5  以上の事実によれば、本件解雇が権利の濫用であると認めるに足りる事情は認められず、他に本件解雇が権利の濫用であると認めるに足りる証拠はない。

四以上説示のとおりであつて、原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(渡邊昭 赤西芳文 鈴木浩美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例